ちょっと疑ってみる

記事の題名そのままなのですが、「疑う」ということを皆さんどのくらいの頻度でしているでしょうか?

 

これは、騙されないために、何でも鵜呑みにしないように、何でもかんでも疑え、ということを言いたいわけではなく、

今この世界で「常識」「当たり前」と言われていることを一歩引いて広い視野で見てみるということです。

 

もちろん騙されないために…ということも大切ですが、世間の考えや周りの人の考えを、自分の感覚で捉え感じてみることも必要なことだと思います。

 

なので皆さん僕の書いていることを真に受けてはダメですよ 笑。

 

それに親や友達、学校の先生、会社の上司の言うことも自分の感覚を通してどう思うか、感じるかで意見を持つことが大事です。

 

どんなに偉い人が「これはこうだ!」と言っても、自分では「……なんか違う気がする」「なんとなくこっちだな」というのは大事にしてください。

 

その自分の感覚が、「あ、そうだよね」「やっぱりそう思う」と感じた時は素直にそれに従って選択することがいいですね。

 


人それぞれ、考えることや感覚も違うので意見が食い違うことは当然あることです。当たり前です。それでもその時に感じた自分の感覚は今の自分にとってベストなことだと思うんです。

 

正しい、間違いというのはありませんし、常に考えというのは変化するものです。

諸行無常というやつですね。なので、「あの時はこう思っていたけど、今は違う。今はこっちがいいと思う」というの自然なことです。

後から自分の考えの誤りに気づくのもそれはそれでいいんじゃないでしょうか。

 

よく、「自分の考えは曲げるな!」みたいな頑固感じで言いますが それはただの思い込み、ガチガチに固められた固定観念だったり先入観からの判断だったりします。

 

自分の意見を大事にすると書いて、少し矛盾している感じがしますが他人の意見、自分が持っていなかった考えを参考にすることはいいことです。

 

「あ、そういう考え方もあるのか」と

「いや、そんなことはありえない。俺が正しいんだ!」とでは受け取り方が違ってきますよね。

 

自分の考えを持ちつつ、相手の考えを受け入れる。心の片隅に置いておく。この感じが柔軟ですごくいいですよね。反発が起こりません。

そうするとあるとき「あ、そういうことか なるほどね」となったりするわけです。

 


 

人は思い込みの中で生きています。みんな何かしらの観念があります。

だから固定観念外から来た意見は理解できなかったり、偏見で受け入れられなかったりします。

   

こんな感じですね。

△は自分の思いこんでいる範囲、そして◯がこの世界の真実だとしましょう。

この△が理解域を増やし◯に近づけるには、角数を増やす必要があります。

 

しかし、ガチガチの固定観念ではずっとこのままですね。なので、一歩引いて広い視野で見て「そういう考え方もあるのかな」と少しでもいいので受け入れることができれば、あるいは何かのきっかけで価値観が変わったりすると角数は増えていきます。

 

角数が増えていくと◯に近づきますね。

 

この図でいると◯の余白が少ないのでかなり理解できたのでは?と感じるかもしれませんが、

この世界に対する人間の理解度がどのくらいか考えて、 MAXが100%のうち、どのくらいでしょうか?

 

数値化するなんて僕にはわからなくてできませんが、ほんの少しなんじゃないかと思うんです。

この世界はまだまだわからないことだらけなんです。

 

円、◯は角数で言えば無限。無限角形とも言えます。

△を◯に近づけるには……?  三角形から無限角増やすことになりますね笑。

いつかは円(◯)になるんです。でも無限なんです。つまり終わりはない。…………………あ〜 なんだかパラドックスですね!笑

 

では、この△の固定観念はどうやって作られたのでしょうか?

ひょっとしたら人は誰でも生まれた時は◯だったのに大人になるにつれて△にまで堕ちてしまっているのかもしれませんね笑

 

そこで本題の「疑う」です(やっと戻って来た 笑)

「…なんで?」というこの感覚。疑問を持つということは「考える」ことができるということです。

 

子供が幼い頃に「なんで?」という質問に対して大人が答えます。

「これが常識。みんなそうだから」 「そういうもんだよ」

…みたいな感じで育つとどうなるか。 それは「疑わなくなる」つまり「考えなくなる」んです。

 

「世の中こんなもんさ」 「みんながそうだからそうだろ」 「仕方ないよ」

……みんなに合わせて、みんなと同じことをして いつしかそれが自分の常識、想念になり本来自由(◯)のはずが世の中の常識といわれる世界(△)の中でしか生きられない。やりたいことも思い込みのせいで抑制される。

 

そうなってくるとふと思います。

……「なんでここに来たの?」「なんで生まれてきたの?」

「なんでこんなことしてるの?」

みたいに「疑問」が湧いてくることがあると思います。

 

その時、◯の中の角数が増えるんだと思います。

 

「なんだこんなことに気づかなかったのか」みたいに人生に”盲点”はいくつも存在します。

 

図形でもありましたが、外(△の外側)に出ないと中がどうなってるかわからないんです。 その固定観念(△)を外から見た時、◯の中の△の範囲でしか生きていなかったことに気づくんです^^

 

みんなと違う考え持っていれば、反発を受けたり反対されたりして「変な奴」とレッテルを貼られ、浸透圧みたいに分離してしまったりします。しかし、みんな違うのなんか当たり前ですよね。

 

長い間△の狭い範囲でしか生きていなかったための、それがその人の中の真実なのでなかなか変われません。

 

本当に極端に言うと、もっと人は変になる必要があります(変人がいいことだとは言ってない)

 

△の人はその範囲内でしか生きていないので◇の人の考えを理解できません。

なにおかしいのに疑問にすら思わないのです。

△よりも◇の方が視野が広いんです。 生き方の自由度も違ってきます。

 

 

しかしこれが全てではなく、これでさえも思い込み、自分が想像できる範囲はもっととてつもない大きな何かの一部、想像が及ばないものの一部かもしれません笑

 

……うわ〜エントロピーですね笑


 

……っとまぁ、こんな感じでまとめてみましたが、

みなさんの意見はどうですか?

(ここですよ!ただ真に受けるのではなく自分の感覚を大事に)

 

今の時点でこう思うってだけなのでこれから先考え方が変わるかもしれませんが^^

 

こういう考えもあるのかな と、心の片隅に留めておいてもらえれば嬉しいです^^

 

ちょっとこの世界、疑ってみませんか?笑

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