「この世は全て自分の創造である」という考え方

今 目の前にある世界、一体それはなんなのか。

っていう疑問。

単なる視覚で感じ取って目に見える世界なのか?

考えたことありますか?

 

自分という「主体」があって、他人という「客体」という存在。

よく「周りの人は自分の鏡」って言いますよね。

 

いい面も悪い面も、自分の部分的なところを他人という人を通して見ることができる。

 

……ってな感じでね。

 

それを聞いて、「は〜 なるほどね〜」「そうだよね〜」

くらいに感じている人はたくさんいるかもしれませんが、

 

これを 100% 全てを自分が創り出しているとわかっている人は少ないかもしれません。

僕も完全にそう感じられているわけではないのですけどね 笑

 


今日見たニュース、家族や友達 仕事の先輩 同僚 恋人から聞いた話、

「この間こんなことがあってね……」

「すっごいラッキーなことがあってさ……」

「仕事でへまして怒られた……」

 

………っていう話が全て自分の反映だと思いますか?

自分が直接関係していることならまだしも、全く関係していないと思えるものまで。

 

信じられない! となるのはわかりますが、

この世界はどうやらそんな風にできているんです。

受け入れると新しい世界が広がり「可能性」を抱きしめることになります。

 


「この世界はどうなっているのか」ということを僕は昔から考えてきたのですが、

皆さんはどう思いますか? 興味ありませんか?笑(そんなこと言わないで)

 

僕は小さい頃から「死んだらどうなるのか」についてよく一人で考えたりすることがありました。

それについて持論があったり……。

 

色々あります。

 

• もし自分が死んだら、この世界は消えてしまう。自分だけの世界だった。

• もし自分が死んでも、世界は存在し続けていて、輪廻転生により別の時代の人に転生する。

 

この2つもよく考えましたが、小さい時に考えていた、僕の考えはこうでした。

• もし自分が死んだら、世界はそのままであり、輪廻転生で生まれ変わるが、その都度タイムスリップを繰り返し、「自分」から見る「他人」でさえも時間を超えて生まれ変わった「自分」である…。

……というものです。

 

なかなか面白いでしょ? あくまで僕の考えですけど。

 

そして色々な本を読んできて、思ったことがありました。

… どうやらあながち間違いではないということ。

完璧に一緒かどうかはさておき、どの本でも共通している点としては

 

「全てが神であり自分である」ということ。

 

この文面を見て、「あ〜わけのわからん話か」なんて感じる人は、

おそらくこのブログ見てませんよね 笑


 

これを説明すると、もともとは全てが一つだった。ということです。

「神」なのでなんでもできます。思ったことは瞬時に叶えることができる。

 

なんでもできる。ゆえに、できないことが何もない。そして一人です。

なので自分を分けることに決めました。 なぜか?

「退屈」だったんです。

 

何でも可能ということは、「できない」という体験がないわけです。

つまらなかったので自分を分け、波動を落としたんです。

 

なので僕たち人間は「神」であると言えます。ただ、波動が下がってしまっているので「神の力」みたいなものは使えないだけです。

しかし波動を上げていけば、だんだん不可能と思ったことが可能になっていきます。だって神なんですから。

 

そして、宇宙の中で「できない」を体験することができる場所がこの地球というわけです。

 

そのことについて非常にわかりやすく解説している動画がこちら。

 

並木良和さんのお話ですが、僕にとってはとても腑に落ちる内容でした。

 

この話から考えると「すべての人は自分の鏡」というのも納得がいきます。

ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ


僕たち人間は神の分身であり、本当の自分というものを見つけるための

壮大な ”かくれんぼ” をしているんです。

 

なんて面白い発想でしょうか。楽しいですね ^ ^

 

そういう視点で生きることを選ぶと、本当にゲームをしに生まれてきているっという感覚になります。

喜怒哀楽という感情、色々な体験をしに来ている。

 

よく学ぶため、修行するために生まれてきているという人もいます。

それも間違いではないのですが、少し視点が違いますよね。

遊びに来ている。ゲームを楽しみに来ている。という視点の方が楽しいです^ ^

しかしどう捉えるかは人の自由なので自分の選んだ世界がその人の真実なのでしょう。

 

こういう考え方になった時

やっぱり自分のワクワクすること、やりたかったこと、興味が尽きないことをやっていくべきだと思いました。

僕らはこの地球に遊びに来ている存在なんです。味わい尽くさないと。

 

しかしこういう話全く興味のない人に話すと、機嫌を損ねる可能性がありますので注意が必要です 笑

 

ものすごく苦労して頑張って生きている人は

ものすごく楽しく、ワクワクで簡単に生きている人を見ると批判してしまう傾向があるからです。

 

しかし、楽しく生きるか否かを決めるのは ”自分” であるということ。

選択なんです。

 

良い悪いではなく

どちらとも選び、体験することができる力を持っているということです。

 

皆さんの目に映る世界は楽しい世界ですか?

 

 

2件のコメント

  1. 自分はスピリチュアルの書籍を読んだりした事が無かったのですが、まったく同じ考えに辿り着きました。
    小さい頃から宇宙の成り立ちや、なぜ存在しているのか、なぜ目の前に世界が在るのか等など悩む事が多かったんですが、今から大体8年ほど前に色々あって自分を嫌いになり自殺未遂をしまして、何とか生還してからボーッとする事が多かったんです。

    ある時変な感覚に襲われて、それが一瞬だったのか、かなりの長い時間だったかは分からないのですが、目に映るもの、聞こえる音、部屋の中の匂い、頭の中に映るもの全てと繋がった感覚(全てと溶けて混ざり合った感覚)

    気付いたときには部屋の中で一人泣きながら「ありがとう」と自然と言葉が出ていました。
    あれが何だったのかは分かりませんが、その時から生き方が変わり感謝や思いやりを一番に考えて生きるようになりました。
    そして自分を愛することができるようにも。

    自らを分けると書いて「自分」とは身近に答えがあったって事ですよね笑
    同じ考えの方に出会えて嬉しく思います。
    他の人に言うのは頭がオカシイと思われるため何年も前に辞めましたがネットなのでお許しを笑

    1. コメントありがとうございます^^
      この世界のそのまた外の世界と。。みたいに考えていくと本当に世界というのはうまく作られているんだと思います。
      この世に存在価値のない人なんて一人もいませんし、
      自己とはなんなのか。これもこれからどんどんわかってくると思います。
      その興味の対象に意識を同調させれば「自分もそう思っていた」と言い出す人が周りに増えてきますよ^^
      ブログ見ていただきありがとうございます。^^

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