「退屈」理論

「退屈な理論」ではありませんよ 笑

「退屈」ということの考え方です。 (退屈はさせません 笑)

 

今までの記事にも似たようなことは書いてきましたが、「宇宙の真理」のようなものであるキーワードが「退屈」なんです。(※考え方の一つです)

どういうことかというと、この宇宙がなぜ存在し、なぜ我々 生命が存在するのか。と考えた時「退屈だったから」という話があります。

 

宇宙の誕生といえば科学的な理論で一般的なのが「ビックバン」という大爆発から始まったとされていますよね。

しかしこれではなぜ爆発をしたかという動機がわかりませんよね。

その理由がスピリチュアルな観点から言うと「退屈だったから」と言うことです。

 

「科学」と「スピリチュアル」という、まるで全く違う分野のように考えられてはいますが、この二つは、視点や表現の違いで同じものです。

 

確かに「ヒッグス粒子が〜」「重力波が〜」 と、

「すべては一つであり神である」 「愛が ・・・」 とでは別々のものと考えてしまいます。

それでもこの二つの分野が言っていることは同じであると思います。

視点の違い。

「すべては科学的であると同時にスピリチュアリティの存在である」

と僕は考えています。


 

話を戻しますね

退屈だったから爆発した。・・・ なぜ退屈だったのでしょうか?

 

すべてはもともと一つだった。なんでもでき、なんでも瞬時に思ったことが実現する。これが原点でした。

 

しかしこうなってくると、「不可能なこと」は何もない状態なのですが

不可能なこと」を体験することが不可能なのです。

 

つまり「できない」という体験がない。

するとなんだかつまらなくなるのです。退屈です。

そしてどうしたのか・・・

 

自分を分けはじめました。

完全、完璧な状態から自分の波動を落とし、「できない」や「絶望」「恐怖」などのいわゆるマイナス面を自分に生み出しました。

これが、科学でいう「ビックバン」なのではないか? と考えています。

 

面白いですよね。理由が「退屈だったから。つまんなかったから。」

 

そして、この低い波動から元の「完全、完璧」である自分に戻ろうとする「ゲーム」。

「人生はゲームだ」と例えられることはよくありますが、確かにゲームで考えるとわかりやすいです。

 

RPGでは、はじめからレベルがMAXになってたりはしませんよね。それではゲームにならないからです。

ゲームをプレイする上で、プレイヤーはワクワクしています。これから大冒険が始まるわけですから。

自分で情報を集め、謎を解き、仲間と出会い、敵を倒し、倒されたり。レベルを上げて、そして最終的にはクリアします。

 

このクリアした状態が、「完全、完璧」である状態です。

ゲームのレベルというのは現実世界で言う波動を表します。波動が上がっていけばできることが増えていき、「できない」ことが減っていきます。

 

ゲームをクリアしたらまたリセットして0からのスタートです。

そしたらまた爆発(ゲームスタート)

これが比喩的ではありますが宇宙の姿だと言えるかもしれません。

なので循環していて宇宙には始まりも終わりもない

「ただ在る」ということ。

 

ゲームを楽しむには「悪役」が必要ですよね。

この悪役も「退屈」が元で出てきたものと考えてもいいと思います。

 

元々は完全だったので「分離」が存在しないから、

退屈で退屈でゲームを楽しみたくなったのです。

ゲームって「思い通りにいかないこと」が出てきますよね。これも分離したからこそできる体験とも言えます。

 

だから自分の人生で「悪役」と呼ばれる存在も、究極的に言ってしまえば「自分だった」と」言えるのではないでしょうか。

 

「退屈だったから」という理由で、たくさんの問題を作っていた

という超俯瞰的視点からの考えは「問題」の渦中にいる人たちは受け入れられないかもしれませんが、

この「問題」の中で解決に向かって必死に頑張るというのは

完全、完璧だと体験できないことなのです。

それほど波動を落とし、「できない」ということに超集中している状態。

なかなかドMですね笑


 

しかし、別に完全 完璧でなくても退屈って感じますよね。

完璧でない我々 人も感じます。 つまらない。

これはある意味のサインなのだと言えます。

 

宇宙が爆発した 「退屈でつまらない。」いう動機。

これはある意味で言えば「遊びたかった」と言えると思うのです。

 

退屈なままだとゲームにならない。なんとか楽しみたい。

 

つまり、「やりたいことをやれ。」

といいうサイン。

やりたいことと言っても本当に望んでいることですよ。

 

 

これが人それぞれプログラムされていると思います。

だって宇宙のゲームの趣旨からずれてしまっていますからね。

自己修正プログラムのような。

でなければ本当の意味でゲームを楽しめないですよね。

 

波動を上げるには自分の本当に望んでいることをする楽しさや充実感を感じる。

もちろん一人一人のゲームの内容は違います。もし自分が分裂してそれぞれゲームを楽しむとしたらその内容をすべて同じにするでしょうか?

いろんなゲームがあり一人一人はそのゲームの脇役ではありません。主人公です。

 

 

そして、人でなくても「物」もそうです。

「物」だって退屈になるということはどういうことなのか。想像できますね。

 

「使われなくなった時」です。

そして物置の奥にずっとある状態です。

そんなものありませんか? 笑

 

その「物さん」は退屈波動を発しています。

もし使わないのなら手放しましょう。退屈波動がなくなります。

するとなぜだか運気が上がったりします。

エネルギー場の中にその波動がなくなるからです。

 

これが断捨離というものです。

宇宙のように退屈だからと言って爆発はしませんが 笑(人ならしちゃうかもね 笑)

 

「ミニマリスト」という言葉もありますよね。

「必要最低限しか持たない」

いつか使うだろうと取っておいて結局使わないなんて話は良くあります。

その視点を波動というところに移してみるとなかなか面白いです。

「掃除をすると運気が上がる」というのもこういう理由から言えるかもしれませんね。

 


すべて。本当にすべて宇宙の片割れなので退屈したくないんです。

ちゃんと本来の目的で楽しんでゲームがしたい。

だから本来の目的から外れれば「退屈」だったり「違和感」だったりでサインとしてお知らせが入り、軌道修正を推し進めるプログラムがあるのだと思います。

しかし、サインが来たらポジティブに受け止めればいいと思います。

やりたいことをやればいいんだと。

 

ゲームクリアのための「ヒント」はちゃんとあるはずです。

自分のゲームなのですから。

1件のコメント

  1. わかるような気がします。
    そうですよね。
    もともとはそこから始まったんでしょうね。。
    退屈だったから。
    皆にこやかで平和で調和のとれた世界にいました。
    白いローブのようなものを皆着ています。
    ギリシャ彫刻のようでもあり、噴水があります。
    そこで一人熱く扇動するある男性がいました。
    霊性を高めるために地球に行こうという話。
    否。
    退屈だったんでしょうね?
    本当のところ
    たくさんの人々が地球に向かいました。
    身体は白いカプセルに保存されていてまるでお墓のような空間になっています。
    みんなもどってきません。
    私の気になる方も。?
    私も探しに行って。そのうちミイラとりがミイラになって。
    今にいたる?
    今生に探していた方に会いましたが。
    他の星に転生をして地球にもどってきたみたいで
    すっかり別人になっていました。
    ですがこれもドラマです。
    実際は何も起こっていないし。
    誰も生まれていない。
    死んでもいない。
    なんだか最近ドラマがおもしろくないから。
    退屈です。
    感情を体験したかっただけ。
    裏舞台をしると大いなる退屈が顔をのぞかせています。。

    ステキなお話しありがとうございます。

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